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2019年3月29日金曜日

2018年組 軌跡 (後半)

多治見フェスティバル    志野杯優勝  1位 / 32チーム中
12/8    1-0   坂祝     太田
       4-0   瑞浪     太田2、中谷、秋野
       4-0   エスフェルソ  太田4
12/9     1-0   泉       太田
       1-1   浜松東(じゃんけん勝ち)  荒木
       2-2(PK4-3) 清水プエルト    荒木、太田

名港富浜カップ   優勝  1位 / 16チーム中
12/15   3-1   シルフィード蟹江  荒木、中谷、水谷
       5-1   清須   荒木2、中村2、太田
       4-2   熱田   荒木3、中谷
12/16   4-0   大磯   荒木、太田、中谷、中村
       3-2   熱田   太田、中谷、中村

豊明フェスティバル   5位 / 16チーム中
'19/1/12 2-0   豊明少年SS  荒木、太田
       2-1  ヴェルダン    太田、中村
       3-0  豊田エスペランサ  荒木2、太田
1/13    1-1(PK1-2) 尾張FC   中谷
       2-1   Toyoake    荒木、太田
       3-2  豊田エスペランサ  太田2、中村

名古屋少年サッカー大会  二回戦敗退
1/26    4-1  名古屋FC  荒木2、太田、中村
       1-2  東海スポーツB  荒木

SHURIKI CUP   2位トーナメント 3位   7位 / 12チーム中
1/27    1-0     黒石    中村
       0-3     初倉
       1-1(PK3-4) 蹴力ブルー  太田
       1-0     西益津   中谷

GREEN CUP    6位リーグ 2位     17位 / 18チーム中
3/2      0-0(PK1-2)  八事
       2-3       アクロス  太田、中村
       2-3       亀山    荒木、
3/3    8-0                名和    荒木2、中谷2、栗林、中村、水谷、余合
       2-3       AGUI   太田2       

奈良市長杯      2位リーグ 5位   11位 / 48チーム中
3/9    4-0       CAOS FC  荒木、太田、梅村、中村
      3-1       鈴鹿アンリミテッド  中谷2、太田
      5-1       奈良東選抜   太田2、荒木、市川、余合
      0-4       泉スターズ
3/10   0-0       生駒選抜
      0-4       高石中央
      3-0       城東       荒木2、梅村

三河チャリティー    3位トーナメント  準優勝  14位 / 24チーム中
3/16   1-0       清州       梅村
      1-3       一色西尾    OG
      0-0(PK0-2) 細川SSC
3/17   2-1       つつじが丘   市川、中谷
      5-0       中部       荒木3、中谷、中村
      0-5       アクロス

卒団記念富浜大会   2位 / 7チーム中
3/23   1-1       滝ノ水     荒木
      4-1       名古屋FC  荒木3、中村
      1-1       大磯      中村
3/24   1-4       熱田      中村
      4-0       東海FC    荒木2、中谷2
      1-0       FC白沢    荒木


年間通算  57勝  19敗  15分  (うち 4PK勝  6PK負 じゃんけん勝ち 1 )

ゴールデンブーツ(得点王)   太田周佑  60点
シルバーブーツ(次点)      荒木脩太  58点
主将                 市川晴翔
副将                 中谷光来
MVP                 全員

2年生のときに 史上最弱と評され、3年生のときに 「 おまえら6年で1勝もできんぞ! 」 
と伊藤に罵倒された学年のトップチームでの一年間の軌跡である。


   

2018年組 軌跡 (前半)

2018年組  一年間の足跡  カップ戦と公式戦 全詳細  ( TMはのぞく )

日付    スコア   対戦    得点者

U-12リーグ戦   11勝1敗  1位 / 7チーム中  ※ 代表決定戦敗退
5/20   2-0  イーストールB  荒木2
      1-0  守西        太田
5/27   1-3  名古屋FC    荒木
6/17   4-0  緑東        太田2、荒木、筒井
      4-1  テゾーウロ    市川2、太田、中谷
8/18   3-1  名古屋FC    中谷3
      2-0  緑東        太田、余合
9/8    3-0  守西        荒木2、太田
      2-1  ホッツ       荒木2
9/9    1-0  ホッツ       太田
10/7   5-0  イーストールB  太田3、市川、梅村
      1-0  テゾーウロ    太田
10/20  0-0(PK2-3) NAGOYA VIDA ※

多治見フェスティバル    2位トーナメント 準優勝
5/4    2-0  楠三重      荒木、太田
      6-0  中部        太田3、荒木2、寺田
      0-3  ZERO      
5/5    5-0  高山花里    荒木2、太田2、中谷
      0-0(PK4-3)  有度
      0-0(PK1-4)  プエルト

中日本フェスティバル   2位トーナメント 5位
6/30   1-0  富士松     荒木
      3-4  安土      荒木2、太田
      2-2  FC恵那    荒木、太田
7/1    0-2  東郷
      0-0  豊明
      1-0  米野      梅村

奈良フェスティバル    2位トーナメント 準優勝  10位 / 48チーム中
7/14   2-0  奈良FC     荒木、梅村
      2-1  日吉台ウィングス  太田、中谷
      0-1  矢倉
7/15   2-1  門真沖    市川、梅村
      2-2(PK3-1)  グラミーゴ  太田2
      1-2  奈良YMCA   荒木
  
門真FCカップ   準優勝  16チーム中
7/28   3-0  大安FC      市川、太田、中谷
      8-0  門真FC      梅村3、荒木2、太田2、市川
      6-0  茨田西FC    梅村2、秋野2、荒木、市川
7/29   2-0  箕面ファルコン  太田、水谷
      1-2  鯰江SC      荒木

清水カップ     67位 / 256チーム中  5位トーナメント 2位
8/12   0-3  はるひ野バディー
      3-0  清水VAMOS  太田、栗林、中谷
8/13   1-0  修徳FC      中谷
      2-0  あかつきFC   太田2
8/14   3-0  静岡横内     太田2、荒木
8/15   1-0  アオヤマSC   荒木
      3-1  川越ひまわり  太田3
8/16   0-6  JACPA東京

奇跡のレッスン

ちょうど4年前に出会ったときは3年生になり立てのちびっ子たちだった。サッカーを教える以前に、話を聞ける人 にすらなっておらず、能力は低く、サッカーセンスも意欲もまるでない。卒業までかかわる気はサラサラなかった。一学年上のソースケ世代のおまけくらいにしか思っておらず、飛び級というよりは数合わせで数名引っ張り、残りは一年で見限った。なんの因果か2年後に再会し、最後の一年をともに戦うことになった。
どんな仕事でも長く続けていくと慣れてくる。自分的に都合よく、熟練の域に達した と勘違いしてくる。 永く大勢の選手たちをみて、低学年のころの能力が最終学年にどのくらいになるのか、の想像ができる。 だから2.3年生の時点でも、3年後の戦力値はおおよその察しはつく。 子どもは無限の可能性がある、なんて、こと少年サッカーに関しては思ったことない。それゆえこの学年が 敗北の世代 になるとの確信があった。自分の眼力はたしかだ、という確信があった。
 
  たしかなことなどなにも 誰にもわからないから

一年を闘ってみて、目は節穴だったことに気づいた。積み上げた勝利の数々は決してまぐれや偶然じゃない。

『 奇跡のレッスン 』 私の好きな番組であるが、この一年で私がおこなった練習のことではない。私に奇跡の練習ができるなら毎年勝っている。昨年の連中ならもっと勝ったろう。私でなく君たちが教えてくれた。能力が低くても、弱点が多くても、与えられたポジションに全力で挑み、自分じゃなく仲間のために走る。 そんな雑草軍団にサッカーの神様がときに微笑む。 出来ないと決めつけていた私に、君たちが教えてくれた。  この一年が私にとっての、奇跡のレッスン だった。



 ※ BGMは MONKY MAJIK 『 空はまるで 』 をおかけください (笑)

2019年3月7日木曜日

森保JAPANへの遺言 2

そして どう守るか の永遠の課題。
新たな攻撃戦術や異次元の才能が生まれるたびに、それを破壊したり無力化したりするリアクションも生み出される。
他のスポーツ、知的ゲーム、仕事や犯罪… 世の常ではあるが、少なくともフットボールに関しては百年で構築された 守備のマニュアル を逸脱しない限り、そうそうやられることはない。ただしそれをやり切れる能力があるかないか、の問題は存在し続ける。同時に、その能力とは経験によりレベルアップ、今風に言えば アップデートされていくものでもある。
20年前、初めて世界に打って出たとき、井原や秋田の守備力は、Jリーグやアジアの範囲内での能力だった。 バティステュータやスーケルからしたら、ずいぶんとやりやすい相手だったろう。今、吉田(あまり信用できないが)や昌子、冨安らが世界に出て経験値を積み、世界トップの速さとうまさを体感している。だからといって必ずしも止められるものでもないが、少なくともフランス(W杯)のときのように、生まれて初めてモンスターと対峙する よりは準備と覚悟が違うだろう。これに中盤の守備の人、遠藤、板倉、(今はなき)井手口のような 水を運ぶもの が世界で揉まれることにより、GKをのぞくすべてのポジションでワールドスタンダード(世界標準)の選手がそろうことになる。カタールで見せてくれる景色はどんなものだろう。楽しみであるが、大会が48チームの規模になるのは勘弁してほしい。

さて、このタイトルにある 遺言。別に死ぬつもりはありませんが、指導者を勇退し、ただのサッカー中毒者になるこれからは、今までのように監督面して上から目線で代表やグラン、選手やクラブを批判することはいたしません(笑) 謙虚に真摯にサッカーを語ります。…できないかもしれませんが(笑)


森保JAPANへの遺言 1

さて森保Jをどう評価するのか難しいところである。秋の親善試合でウルグアイに4点ぶち込んだところなどはエキサイティングだったが、あのウルグアイのコンディションやモチベーションがどこまで「本気モード」だったか不明だし、手放しで喜んではいられないだろう。と思ってたら やっぱりな ってかんがじのアジア杯だった。
ゆるい入りと権田のポカで先制された初戦をひっくり返したのは及第点としよう。 点が取れたばかりに守備一辺倒になったサウジ戦や、よく走るだけが特徴のベトナムを攻略できなかった準々決勝を見る限り、(アジアの盟主といわれた日本はどこへ行った?) と思わざるを得ない。事実上の決勝戦だったイラン戦をきっちりと勝ちきり、見直したと思ったら、カタール戦の惨劇。結局強いのか弱いのかよくわからないサムライたちだが、つまるところ両方を併せ持つのが現代表なのだろう。 チームってそういうものだ。今年の6年生がそうであるように。
ただし今後の期待感はこれまでのどの代表よりもある。堂安、南野、(今回未招集だったが)中島、小川航輝、久保(健)…。ひと昔前では考えられないような、小野伸二クラスの個で打開できるタレントに育ちそうな予備軍が豊富にいる。そしてまだまだこれからも生まれてきそうな予感もある。われわれのようなオールドファンは ヨーロッパの選手はうまく、南米の選手はめちゃめちゃうまい  という既成概念にとらわれ続けた世代だったが、今の若者は ヨーロッパは見下して、南米もリスペクトしない というくらいに意識が変わっている。その是非はおいといて、世界に対して不要な畏れやアレルギーなどないニュージェネレーションが今後見せてくれる風景はどんなものか。南米選手権(6月)が今から本当に楽しみだ※。 ただし……個のスキルと攻撃性だけでは世界の100位に足元をすくわれるのも、このスポーツの現実なのである。

※ 南米選手権は欧州組抜きの戦いになりそうですが。

俺たちは 清水の夏を 忘れない

(俺たちは)シリーズ第二弾で、秋にアップしたつもりだったが写真が重すぎたのか行方不明になってしまってたブログです(笑) それに気づいたのが12月という間抜けな話(笑) Hコーチのリクエストもあり今さらですが写真少なめで再アップします。


名古屋が史上初めての40℃超えを観測した夏。ずいぶんと過ごしやすい清水に乗り込んだ。昨年痛めつけられたこの地に、リベンジを期して再臨した。最初と最後のゲームこそ完敗したが、その間6試合をすべて勝ちきり雪辱を果たした。といってもそれは一部の選手とわれわれ指導者だけの話ではあるが。 多くの選手が人生で初めての長い合宿に臨み、一週間親元を離れ、仲間たちと過ごした。サッカーだけじゃなく、食事、睡眠、集団生活等あらゆるストレスとの戦いでもある。その意味において今年の連中はたくましかった。たくましさとは対極にあるやつらだと思ってたが(笑)
初日の清水VAMOS(5年生)こそ楽な相手だったが、それ以外はホントにキツイ戦いが続いた。二日目の修徳FC・東京(1−0)や四日目のアオヤマSC・大阪(1−0)などは、五度対戦して一回勝てるかどうか の力関係だったろう。我慢の守備の時間が長かったが、全員が集中を切らさず、粘り強く「マークの原則」を守り、球際は厳しく、身体は激しく当てて相手をてこずらせ、二枚の飛び道具の一発にかける。S級やトレセンがひとりもいない雑草軍団が、ありったけの力をふりしぼり戦い抜いた。だからこそ彼らにとっては人生でもっとも濃密で充実した六日間であったことだろう。
6年生にとって小学生最後の夏。 平成最後の夏。 指導者人生最後の夏。 きっと一生忘れられない夏。
成績  6勝2敗  67位/256チーム中  順位はイーグルス史上2位  勝ち数は1位である。

今年も選手権に行ってきた

GWの連休も、お盆休みもサッカーでつぶれ、ほぼ一年ぶりの連休は恒例の選手権へ行ってきた。
妻には 「 どこでも行きたいところへ連れてくよ 」 と誘ったが 「 どこでもいいからアンタがひとりで行ってくれるのが一番幸せ 」 と返され、いつものように一人旅となった。
今年は面白そうなカードに惹かれて川崎のホームタウン・等々力競技場に足を運んだ。初日は 立正大淞南6-1那覇西、大津2-2大分 と11ものゴールが見られ、おまけにPK戦まで楽しませてもらった。とくに大津のワントップ大崎くんの質の高さには驚かされた。高校時代の大迫勇也に匹敵する収まりのよさと、突破のスピードも兼ね備えた逸材だ。Jに行くのか大学か知らないが、今後マークしておくべき存在だろう。翌日の青森山田は、その大津を完封しその時点で優勝を予感させた。
夜は銀座で豪遊すべく唸るほどカネを持ってきたのに(笑)やってるお店があまりなく(正月の二日だし)やってても外国人観光客の長蛇の列にうんざりさせられる。一時間以上うろつきまわり、ようやく見つけた地下のオイスターバー。新鮮な牡蠣を南アフリカの白ワインで空腹の胃に流し込む。次の夜はかつての盟友と一年ぶりの杯をかわし、昔話に花を咲かせる。四半世紀近く続いたサッカー(指導)の旅も平成とともに終わりだよ、と語ったら少し寂しくなった。
サッカーと仕事、人生の両輪が大きく方向転換する一年が始まった。そして4年間みたやつらが卒業していく年。よい一年でありますように。

2018年12月13日木曜日

俺たちは 多治見の冬も 忘れない

多治見市招待少年サッカー大会。 突然真冬に放り込まれたような寒さの中、きれいな天然芝で罰ゲームのような開会式の30分を耐えしのぎ、カップ戦が始まった。 普段ベンチスタートが主なお勤めの選手も、11人制がゆえ先発フル出場の機会に恵まれて張り切った。昨年までは(負けて当たり前)のツラをしたやつらが(上位進出は最低ノルマ)のように緊張感をみなぎらせ、予選の3試合を戦った。出来不出来はさておき、とりあえず3勝1位抜けで決勝トーナメントへ。十数年前、県トレと市トレが先発を占め優勝がノルマだった時代とは大きく異なり、武器は持つが弱点も多い飛び道具と、武器すら持たぬ 頑張る しか取り柄のない足軽たち(笑)でどこまで食い下がれるか。
準々決勝は際どい競り合いをエースの1点で勝ちきりベスト4へ。準決勝の相手は王国静岡からの刺客1号・浜松東。サッカーどころらしい、スキルが高く、ゲームをよく知るバランスのとれた好チーム。先制を許すも、サルの群れを蹴散らすゴリラの突進で追いつき、じゃんけんに持ち込む(決勝戦以外は11人によるじゃんけん勝負)しぶとく勝ち抜きファイナルへ。相手は静岡からの刺客2号・清水PUERTO。必然か偶然か、半年前の多治見大会(2位T)決勝でPKで敗れた相手とのリベンジマッチだ。疑惑の先制点含め、二度にわたってリードを許すもそのたびに不屈の闘志で追いつきPK戦へ。5人制とはいえ、途中で2ゴールのリードを許しいよいよ万事休す。ここから奇跡の巻き返しをしてサドンデス6人目は五月に止められ涙したウメに順番がまわる。決めれば優勝のまさにV(ビクトリー)ゴールをしっかり決めてリベンジミッション完了。クールな8番に似合わないはじける笑顔を全員が囲む。4年前、U14代表と市トレ二人が引っ張るチームでさえ跳ね返された決勝で、同じく4年前に史上最弱(byWコーチ)と評価されていた世代が壁を打ち破った。
冷たい空気が張りつめていた土岐の丘の上のピッチで起きたいろんなドラマ。  
山がただ静かに見守っていた。

2018年8月4日土曜日

俺たちは 門真の悲劇を 乗り越える

昨年、おそらく年間でもっとも大きな歓喜を味わった瞬間を迎えた門真で、真逆のドラマが待ち受けていた。昨年に続きフル出場した戦士も、満を持してエースに成長した選手も、人生で初めて決勝を経験するメンバーも、気持ちはひとつ
( 優勝するぞ! )

俺たちだけに許された連覇の権利。その偉業まで残り5分。リードはわずか1点。相手の鯰江FC関係者はもちろん、会場を埋める大阪のチームの面々の
( 名古屋に連覇させてたまるか! )
の意地が、完全アウェーの雰囲気をつくり出しプレッシャーをかける。残り4分で追いつかれ、ラスト1分で勝ち越しを許す。
台風一過で晴れた大阪の空に、やがて響いた絶望の笛。
あと少し。あとほんの少しまで迫っていたからこそ、悔し涙と嗚咽は止まるはずもない。
ほんの一年と少し前、負けて当たり前で悔しささえ見られなかった連中に生まれた変化。だからおまえらは少し誇っていい。

優勝はたしかに素晴らしい。連覇となれば奇跡に近い。どれほどの喜びと自信を得ただろうか。ならば敗北はなにももたらさないのか?
そうではない。練習で。ゲームで。大会で。そして決勝戦で。
うまくいったプレイ。拳を握るゴール。勝ち切った喜び。小さなミス。大きな失敗。悲劇のような結末。
それらのすべてが教えてくれる。うまくいった要因は?いかなかった原因は?突き詰めればきっとわかる。
栄光だけが教えてくれるのではない。ひとつ一つのプレイが。奪ったゴールが。重ねた勝利も。奪われた優勝も。すべてが教師となって教えてくれる。

すべてが教師である。



※ ご馳走の写真は大会レセプションパーティーのもの。接待責めにあい、決勝でスキが生まれました(笑)
チームフォトには奈良のものもあります。

2018年7月20日金曜日

ロシアW杯 総括

祭りが終わり、虚脱感と寂しさがやってくる。 同時にほとんど崩しかけていた体調が徐々に回復し、真夏の遠征にそなえてエネルギーを充電する。

W杯って本当に面白い。フットボールの質 でいえば、CLやプレミアのほうが高いのに、この祭典に魅了されるのは、そこに国を背負った男たちのドラマが凝縮されているからだろう。 単に自分と家族が食べるため の所属クラブならば、クロアチア代表の面々があれほど走るとは思えない。

日本のゲームをのぞき、印象に残った好ゲームは、ドイツの3ゲーム(メキシコ、スウェーデン、韓国) スペイン—モロッコ、ポルトガル—イラン、ブラジル—コスタリカ、決勝トーナメントに入ってからは、クロアチア—デンマーク、フランス—アルゼンチン、ブラジル—ベルギー なんかは殊更に面白かった。点の取り合いとなった ポルトガル—スペイン もエンターテイメントとしてはいいが、グループL初戦では、生か死か の悲愴感がない。

毎回いろんなことを学ばせてくれ、世界の潮流がどこに向かっているのかを教えてくれる祭典であるが、今回感じたことを。

それは、第三勢力の復権 であろうか。かつて 欧州vs.南米 の図式であって、後にアフリカの雄を巻き込み、アジアも力をつけてきたかに見えたが、4年前に惨敗し世界の勢力図から取り残されたかと思われた。今回、第一勢力を脅かし、決して 数合わせ ではない!ということを知らしめた。 日本は言うに及ばず、イランはポルトガルに本気で勝ちにいってたし、韓国もドイツ相手にほぼ望み薄にもかかわらず、(絶対点をやらない!) という気迫で守備をしていた。 かつては優勝経験国と優勝候補の第一勢力、それに準ずる第二勢力、そしてアジア、オセアニア、北中米(メキシコなど一部を除いて)は 第三勢力 と思われていた。一vs.二、二vs.三 で番 狂わせ はあって も、一vs.三ではほとんどなかった。それが今回は日本は言うに及ばず、イラン、サウジ、韓国も勝利をあげているし、しかも第一勢力相手にガチンコで分けたり、勝ちきったりした。もはや第三勢力というカテゴリーはないに等しい。前回ブラジル大会のコスタリカ、今回の日本。世界が予想だにしないミラクルを起こした国はわずかだったが、次回からはもっと増えるんじゃないか。今から本当に楽しみだが...カタールの冬か...ないな。そろそろ日本も「死の組」に入る頃合いだろうし(笑)

2018サムライinロシア 3

そしてベルギー戦。 魂のこもった戦い、心を揺さぶられたベストバウトだった。 8年前のパラグアイ戦よりも、はるかにエイトに、いや世界に近づいた瞬間だった。ただ、相手が上だった。ベルギーのサブを含めた戦力を数値化するならば、ドイツ、フランス、ブラジルと並んで実力世界4強の力があっただろう。まだそこまでは及ばないということだ。しかしそれに次ぐ 8強 の仲間入りならば十分に狙えることを世界に知らしめた。偶然の出来過ぎの1ゲームではなく、真の強国の仲間入りを列強が認めつつあるところまできた。20年前、ヒデが感じてたこと。4年前、本田や香川や長友らが抱いていた期待。それが幻想でなく現実のものとなった。日本でも、日本人でも 十分に世界と伍する戦いができるのだ、という。

最高の才能をそろえても、チームになりきれなかった'06年。チームの和を重視し守備を固めて16まで登ったが、チーム力として8強とはギャップがあった'10年。集った才能がチームとなりもっとも期待感を抱かせたが、初戦のメンタルですべてを失った'14年。初出場から20年の歳月を経ていろんなことを学んだ。だがもっとも変わったのは選手のメンタリティだと思う。今回躍動した20代の選手たちは、物心ついたときから日本代表がW杯に出場し、欧州でヒデ、小野伸二、俊輔らが活躍しているのを目撃している。そして中学・高校時代から世界を意識し、今は欧州のプロフェッショナルとしてフットボールで飯を食う。我々オールドファンのような世界への過剰な恐れなどない。 すなわちほとんど全員がヒデの肌感覚を無意識のうちに持ち合わせているということだ。

ただしこれで (次は8強だ!) などと世界をナメてはいけない。メンタルとして、ようやく欧州の中堅どころと並んだに過ぎない。上にあげた4強に、ベスト4に入ったクロアチアにイングランド。イタリア、オランダ、アルゼンチン、スペイン。さらには南米やアフリカ勢にメキシコ、USA。打ちのめされてもまったく不思議でない国々はいくらでもある。組み合わせの運に恵まれ、本大会での幸運を授かり、ようやく見えてくるのが8から先の風景だ。
平均寿命で尽きるとして、あと楽しめるW杯は7回か...。アジア予選は行けるだろう。4回はグループL敗退だ。3回突破して、うち一度くらいは4強まで行けんかな。いずれにせよたしかなことは、老後の楽しみは存在する ということだ。一人くらい関わった選手が活躍するシーンでも見られんかな。実現したらホントに死んでもいいんだけど。

2018サムライinロシア 2

まず、確実に失敗すると断言した代表が、結果としてベスト16に進出したことには驚きを禁じえないし、素直に謝罪したい。
では、今大会のチームづくりと戦い方が成功だったのか というと、それもまた答えはでないと思う。なぜならコロンビア戦開始数分の PK → 退場 のスペシャルプレゼントが結果に多大な影響を及ぼしたのは確かだからだ。あれがなければ勝ち点3が手に入ったか甚だ疑問だし、その後の戦いがどうなっていたかわからない。大迫の突破やゴールはたしかに見事だったが、世界のメディアが書き立てたように、あれはコロンビアの自爆だった。

その一方で、セネガル戦は素晴らしかった。ミスで重ねた失点を迫力ある攻撃で取り返した、という目に見える形ではない。4年前、コートジボワールの前に、あきらかに腰が引けた戦いをした似たようなメンバーが、堂々と対峙し、ボールを動かし、相手をコントロールし、攻め、仕掛け、崩し、そしてアグレッシブな守備をする。格上と思われていたアフリカ勢に一歩も引けを取らず、いやむしろ飲んでかかっていた。彼らの心境の変化か、西野さんの魔法の話術か、とにかくこのメンタリティが本当に素晴らしかった。

そして最終節ポーランド戦。すでに 死に馬 となっていた欧州の古豪には圧勝の予感すら漂ったが、待っていたのは違った現実だった。敗北したこと ではなく、決勝トーナメントを見すえ主力を温存する、というかつてこの国になかった選択と、バックアップメンバーでは、死に馬にさえ蹴られるのか という現実だった。
ラスト十数分の 試合放棄 はありえない。女子アジアカップの日豪戦の最終盤のような、(握手して互いに次ラウンドへ行こう) というなら十分に理解できるし、今なら小学生でさえ時間を使っての逃げ切りはスタンダードだ。しかし、自らの命運を、セネガルの攻撃力vs.コロンビアの守備力 という天秤にかけて祈る なんて選択は普通はできない。 1点を取るために、スキルと戦術を磨きに磨き、緻密に計算しつくしてゴールまでの道のりを構築する日本と違い、相手のわずかなミスをつき、あるいは一瞬の走力や異次元のパワーでビルドアップを省略してゴールを陥れるセネガルだ。もしもアディショナルタイムにセネガルが追いつき、日本が敗退 という結末が待ち 受けてい たら、心に残るわだかまりはいかほどのものだったろうか。ポーランド戦で1点を取りにいき、逆にカウンターで失点し敗退する。どちらもありうる可能性だが、胸を張って帰れるのははたしてどちらだろう。私にはできない。私にはできないが、そのギャンブルに挑み、勝った西野監督を心底尊敬する。

2018サムライinロシア 1

大昔の野球の話で恐縮だが、広島にいた 安仁屋 という沖縄出身の選手が活躍したとき、地元では大騒ぎだったそうだ。島人(しまんちゅ)の若者が、本土で通用するなんて信じられない! なんて感じで。
時は流れ、沖縄の高校が甲子園で優勝しても誰も不思議と思わず、出身選手がプロで活躍しても騒ぎにもならない。当然だ。同じ人間、同じ日本人、という フラットな目線で見ているし、そこにはリスペクトとか差別とかの感覚もない。
二十数年前、野茂がアメリカに渡った時もそうだった。日本人がメジャーでやれるのか?という懐疑心の中で彼が活躍し、その後続いた大勢の日本人選手が、同じベースボールプレイヤーとして互角に渡り合えることを証明した。今ではダル、マー君、オータニらは活躍して当たり前、メジャーの中でも 一番 を期待してしまう国民さえ多いだろう。わずか二十年で日本人の能力が飛躍的に上がるわけはなく、これは単に意識が変わっ た に過 ぎない。(こんな小さな島国の人間が、大陸の欧米人に勝てるわけがない) という敗戦国の卑屈さも手伝って、過剰にリスペクトしていた時代から意識が変わっただけなのだ。

サッカーにも同じことがいえる。奥寺、尾崎が欧州に渡ったときは、ごく一部の特別な選手しか通用しないだろう と思われていたが、現在では (日本人でもフツーに通用する) という感覚に変わっている。 身長や体格・パワーが幅を利かせるNBAバスケやヘビー級ボクシングならいざ知らず、サッカーにおいては フィジカル・スピード だけじゃない部分で十分に渡り合える、ことに気づいたのだ。
最初に気づいたのはヒデだった。U17、U20のワールドユースで世界を体感した彼は欧州・南米・アフリカの選手と対峙し、過剰なリスペクト(恐れ)を抱かず、自分(たち)のやれるこ と、かなわないこと をフラットに見極めた。結果、28年ぶりの五輪で、過剰な恐れを抱いていた西野(ロシアW杯代表監督)と衝突し干される羽目になった。
あれから22年。まことに皮肉なことに、その西野さんが率いる代表が、世界を驚かせた。

2018年6月28日木曜日

オヤジたちのイタリア紀行 3 ー ローマの平日 ー

> いよいよ最後の訪問地ローマに到着。ホテルに荷物を預け、昼食は林Cご希望のカルボナーラの名店(ガイドブック掲載)にGO。探せども探せども見つからず、しかたなく近くのお店に一か八かチャレンジ。これが奇跡の大当たり!激しく旨いペンネとワインに感動。これがあるからいきあたりばったりの旅はやめられない。そしていよいよ明日、特別な日がやってくる。
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> 6月19日。W杯に出場すらしていないイタリア・ローマにとってはいつもと変わらない火曜日が、日本人にとって、サッカーファンにとっては四年に一度の特別な日であることは間違いない。憎んでも憎みきれないわが代表が世界の晴れ舞台で四年ぶりにリベンジマッチを戦う。現地時間PM2時キックオフ。
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> その前に午前中は恒例のオプショナルツアー。スペイン広場、トレヴィの泉、コロッセオ等定番の観光地を巡る。ガイドのガブリエラさんが上手な日本語で案内してくれ、楽しい半日観光になった。されど本日のハイライトはローマの名所でも世界遺産でもない。帰り道でビアとパニーノをテイクアウトして帰還。シャワー浴びて身と心を清め決戦にそなえる。
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> 試合の経過は省略。みなさんの目撃したとおりだ。開始すぐのミラクルのような幸運が降りそそぎ、ゲームに大きな影響を与えたのはたしかだろう。このゲームだけで、選手や監督を評価するのは控えたい。が、2.3戦目に楽しみが続くことになったのもまたたしかだ。
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> イタリア最後のディナーは、ガブリエラさんに教えてもらった名店 BACCANO トレヴィの泉の近くにあるゴージャスな雰囲気のお店。ようやくありつけたカルボナーラのブカティーニと、魚料理は身ぶるいするほどのおいしさ。締めのカプチーノでフィニッシュ。カネに糸目をつけずに豪遊するつもりで来たのに、もはや遊ぶ体力と食欲がないことを思い知らされた。オヤジたちのイタリア紀行は明日幕を下ろすが、世界の祭典はまだまだこれからだ。
> ただ、今日という一日を、なんでもないローマの平日を、きっと忘れないだろう。
> グラッツェ!ローマ。アリベデルチ!イタリア。
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オヤジたちのイタリア紀行 2 ー トスカーナの風に吹かれて ー

ミラノをたち芸術の都フィレンツェへ。連泊する駅近くのホテルに着いて驚いた。歴史を感じさせる荘厳な建物だが、部屋の前の写真には陛下や米大統領のものまで飾ってある。こんなジャンキーのオレらが足を踏み入れてよいものか。築数百年の重みを感じるが、崇高なばかりではない。床は波うちでこぼこで、歩くたびきしむ音がする。壁はところどころ剥がれ、どこからか虫が湧いてくる。オッさんふたりだからいいようなものの、妻と一緒だったらえらいことだったな。
>> 街そのものが美術館といわれる古都フィレンツェの、ドゥオモ周辺を散策する。中世ルネッサンスの趣きをつぶさに遺しながら、アジアの貧しい地区から来たような人びとがたくましく商売する露店も軒を連ねる。お土産とランチのお店を探していると、偶然大画面テレビでW杯を放映しているテラスのお店を見つけてIN。特別な美味というわけではないが、ヨーロッパにしては暑いほどの日差しを浴びながら アルゼンチンーアイスランド の好ゲームに酔いました。ワンプレートと2.3杯のワインで長居しては申し訳ないので後半は部屋観戦。夕方、林Cはいつものようにすっかり寝入り、ひとり呑みでも行くかと思ったが、やっぱりお腹が空いてこないので結局スーパーで買った生ハムとチーズ少々を肴にひとり部屋呑み。クロアチアーナイジェリア戦を観ながら、今宵はトスカーナワインに酔う。
>>
>> 翌朝。世界遺産の絶景を眺めながら最上階のレストランで至高の朝ごはん。本日はオプションでつけた ウフィツィ美術館などをめぐるツアー。サンタマリア・デル・フィオーレ大聖堂やベッキオ橋に足跡を残すが、元々美術芸術に対する興味も理解もないオッさんふたりには残念ながら退屈な時間だった。 昼食はガイドさんおすすめのトラットリア YELLOW 。ビアとワインとタリアテッレと念願のトスカーナステーキに舌鼓。二度と食せないごちそうを堪能。夜は毎度のように寝入ったヤツを放置し、伊藤シュウの酒場放浪記 in イタリア・フィレンツェ。ホテル近くの地元民しか行かないような小さなバールで、宅配ピザよりはるかに旨いピッツァをビアとワインで流し込む。酔った勢いで隣の席のチキータにビアをごちそうしナンパに挑んだが、言葉が通じずあえなく撃沈(涙)。
>> トスカーナの優しい風が傷心をなで、いつまでも明るい夜に浮かぶ半月がアジアのオヤジを見守り、極上な時間が流れていった。
>>

オヤジたちのイタリア紀行 1 ー 世界百名スタジアム9 ー

ロシア行きを断念し代わりにイタリアに行くことにした。二人合わせてちょうど百歳の記念すべき旅。 初めてのヨーロッパから20年。前回から6年ぶりの通算9カ国目はカルチョの国。そして初めて、現地観戦とは縁のない純粋な観光旅行。どんな珍道中になるのやら。
>>
>> 五十を過ぎて、シニアといっていい年齢にさしかかり、自分へのご褒美として初のビジネスクラス利用を懇願したが、相棒にあっさりと却下され今回もエコノミーでのフライトである。十数時間の苦痛を覚悟していたが、トランジットのフィンランドまでは10時間弱の距離で意外と楽。さほどのストレスもなく ミラノ・マルペンサ空港に着陸。インテリスタのおじさんの運転でホテルまでのドライブ。重厚な建物だが部屋はスタイリッシュでかっこいい。支配人おすすめのリストランテを聞きだしてIN。モッツァレラの前菜、マルゲリータとスパゲッティとワインフルボトルを注文した。現地時間は20時だが、時差の関係で体感は午前3時。ここが頑張りどころなのに、林Cが時差に耐え切れずドロップアウト。ワインひとくちとピザ一切れで退場し、残りの料理とほぼ一本の赤をひとりで完食。さらにカプチーノとドルチェでフィニッシュにたどり着く。ミラノまで来て大食い選手権のような修行。やっぱりひとりで来るんだったわ(笑) けどモッツァレラとアルデンテのスパは信じられないほど美味かったよ。
>>
>> 翌日は念願のサンシーロツアー。幸運にも参加者は僕らだけということで気を遣わなくていい。地下鉄で移動し、スタジアムに入場。正式名称 スタディオ ジュゼッペメアッツア イン サンシーロ。かつて数々のドラマが生み出され、近年は長友、本田が躍動したカルチョの聖地に身を置く高揚感。ピッチサイドのベンチからロッカールームまで見学できて感激だった。12時過ぎに大聖堂まで戻り終了、のはずが、同い年のガイド 豊田さんのご厚意で サネッティ(元インテル選手)が共同経営するリストランテに連れてってもらい、三人で打ち上げ。シェフおすすめの料理の数々に激ウマの赤白ワイン。二時間近く飲み食いし、帰りにはサービス残業でオペラ座も案内していただき、充実した一日になった。ただ…残念なのは、15時過ぎまで飲み食いしたおかげで、夜遅くなっても満腹感が消えることはなく、結局夕飯は駅の売店の軽食(パニーノ)で済ませた。美食の国に来てこの体たらく。やはり年齢には勝てないようだ。ポルトガルースペイン の垂涎カードを観ながら、ビアとワインをちびちび飲る。うちより小さなテレビだが、まだ陽の高いゴールデンタイム(現地20時)に普段味わえないジャンクフードと酒。日本ではありえない幸福感にひたる。ちなみに林Cは本日も時差に勝てず爆睡。