Translate

2013年12月23日月曜日

ロマンとリアル



穏やかな小春日和だった。

世界遺産の絶景をバックに、A級でない子どもたちが駆けた。
ほんの4か月前、この同じ静岡の地で、予選リーグ3試合で16点を叩き込まれた守備陣が奮闘し相手の攻撃をはねかえす。
決勝のロスタイムに破られるまで、180分以上の時間を耐えしのぎ、ボールを掻きだした。
そこには美しさのかけらもなかった。ずっと取り組んできた つなぎ 散らし 展開 ワンタッチ などまったくやらせてもらえなかった。ただ しつこくつきまとい、身体を張り、脚を投げ出す。ときに、激しいプレスの度を超して、危険なタックルと判定され、相手ベンチを憤慨させた。
クラブ初の 県トレ の、スーパーエー ス?は不在だった。守備の要であるはずの ゴールキーパー は相変わらず 代わりばんこ だ。ほとんど翼を失ったような鷲たちは、それゆえ地を這い、泥臭く走り続けた。
走り続けた先にあったのは小さな栄冠だった。ハンバーガー屋のロゴが入った、小さな小さな楯だった。
その昔、S級とA級をそろえて挑んでもはねかえされた王国に、かつての面影はなかったとはいえ、この楯の持つ意味は小さくない。
ボールをこねくり、キレイにパスをまわすことだけがサッカーだと思ってる日の沈む王国を、緑の田舎チームがねじ伏せた。

私は美しいサッカーが好きだ。グアルディオラが好きだ。彼のつくりあげるバルサやバイエルンのようになりたいと思う。けれどもいつもカペッロのような、相手の良さをつぶし、破壊するサッカーになってしまう(笑)本当はロマンチストなのに、究極のリアリストにみられるのは堪らない(笑)
上質なほうが勝つとは限らない。勝ったほうが強い、とも思わない。けれど、成果があげられないのに、上質ならばよし、というのは否定する。
美しく勝利する(by クライフ)が目標だけれど、今はできない。ならば、美しく負けるよりは泥臭く勝利するほうを選びたい。
なぜって、大会最高チームだった岡小の涙と僕らの笑顔がそれを証明してるじゃない。

子どもたちの 2013年が幕を閉じ、消せない記憶が残った。

0 件のコメント:

コメントを投稿